第15回 skubancu : メタ言語的な表現

目次

na'i
sei ... se'u
発音 : lr rl

na'i

Youtube : 第15回、 最初から

前回、「命題が正しくない」という意味の否定をあらわす名辞の {naku} あるいは述語のタグの {na} という表現が出て来ました。 {naku} や {na} を正しくない命題に付けると、それを付けた命題全体は正しい命題に変わります。 例えば

mi cinki 「わたしは昆虫だ」

という命題が正しくないとすると、

naku mi cinki

あるいは

mi na cinki

という命題は「わたしは昆虫だというのは正しくない」という意味の、正しい命題です。 逆に、正しい命題に {naku} や {na} を付けると、それを付けた命題全体は、正しくない命題に変わります。

このように、 {naku} や {na} は命題の正しさを逆転させる働きがあります。

ただ、命題を否定したいとき、命題の正しさを逆転させるのではなくて、「命題の前提らしいものが間違っている」とか、「命題自体のどこかが変だ」とか言いたいこともあります。 例えば、誰かに次のように言われたとしましょう。

xu lo ka'amru poi do ke'a cirko cu me ti

最初に出てくる {xu} というのはUI6類に属する単語で、「命題が正しいのか正しくないのか」という質問をあらわします。 「この命題は正しいですか」ということです。

この命題の本体は {lo ka'amru poi do ke'a cirko cu me ti} という部分です。 この中の {cu} というのは、第10回でご紹介した機能語ですが、「ここから述語が始まる」というしるしです。 この述語の中の {me} という機能語は、第8回でご紹介しました。

述語: me ti 「これだ」(内容語)(me (つぎの項が指すもの)、 ti 「これ」(代項))

項: lo ka'amru poi do ke'a cirko 「あなたがなくした斧」(lo ka'amru 「斧」、 poi (項を命題で限定)、 do 「あなたが」 ke'a 「それを」 cirko 「なくす」(内容語単語))

この文 {xu lo ka'amru poi do ke'a cirko cu me ti} は「あなたがなくした斧はこれだ、という命題は正しいですか」つまり「あなたがなくした斧は、これですか」 という質問になります。

{xu} を使った質問に答えるには、 その命題が正しければ、 {go'i} 、その命題が正しくなければ {na go'i} と言います。 {go'i} というのは代命題の一種で、直前の命題の内容を繰り返す代わりになります。 {na go'i} と答えると {lo ka'amru poi mi ke'a cirko cu na me ti} 「わたしがなくした斧はこれだ、という命題は正しくない」と言うのと同じことです。

質問したほうは {do} 「あなた」と言っていましたが、この {do} が指すものは、答える側にとっては、 {mi} 「わたし」ですから、同じ命題の内容を繰り返すときには、 {do} が {mi} に変わっていることに注意しましょう。

注記

{na} を使った否定文で質問された場合の {go'i} を使った回答の意味は、以下のようになります。 ここでは {broda} が何らかの命題を表しているとします。

質問回答回答の意味
xu brodago'ibroda
xu brodana go'ina broda
xu na brodago'ina broda
xu na brodana go'ina broda (回答の {na} が質問の {na} を上書きすると見なされる)
xu na brodaja'a go'ibroda

{ja'a} は肯定文であることを明言する機能語で、 {na} と {ja'a} は共にNA類という品詞に属しています。

さて、ところが質問されたほうは、「斧をなくしたことなんかない、そもそも斧を持っていたことすらない」としましょう。 命題の前提とされているものが、間違っているわけです。 {na go'i} のように、単に {naku} や {na} でこの命題を否定した回答は、正しい命題にはなりますが、前提が間違っているということは相手に伝わりません。 そうすると相手は、「これではないなら」ということで、また別の斧を持ってきてしまうかもしれません。

そこで、「命題のどこかがおかしい」ということを伝えるために、UI3類に属する機能語 {na'i} を使います。 {na'i} は、命題に「ついての」何かを否定するということで、このような否定をメタ言語否定と呼ぶこともあります。

{na'i} は、「命題の背後にある前提が間違っている」という場合以外にも、「命題の中の数が間違っている」とか、「述語と項の組み合わせが奇妙だ」とか、「命題が文法的に間違っている」とか、そのほかいろいろな場面で、「何かを否定したい気持ち」をあらわすために使われます。

{na'i} は命題の否定ではないので、 {naku} や {na} と違って、命題自体の正しさを逆転させる機能はありません。 つまり、正しい命題に付けても、命題が正しくなくなる心配はありません。 {na'i} を使うと、例えば次のようにして、先ほどの質問に答えることができます。

na'i mi cirko lo ka ce'u ce'u prami

メタ言語否定: na'i 「なにか違う」

述語:cirko 「なくす」 (内容語単語)

項: mi 「わたしは」 lo ka ce'u ce'u prami 「愛し、愛されるという性質を」

つまり、「いえ、わたしは愛をなくしたのです」と相手に伝えることができます。 この回答では、 {lo ka'amru} 「斧」については一言も言っていないのですが、メタ言語否定の {na'i} があるので、「先ほどの質問文に何か変なところがあった」ということが相手に伝わります。 さらに、なくしたものが {lo ka ce'u ce'u prami} 「愛し、愛される性質」 であるということを明言していますから、 相手も、「斧ではなくて、愛をなくしたのだ」と推測できるわけです。